文藝手記

諏訪真

エセー

632文字

創作論をめったに語らない人の創作論。三人の読者の話。

心の中に仮想の読者を持つことについて考える。自分の中の読者を分類すると、以下の分け方になる。第一の読者は虚無であり、第二の読者は礼儀であり、第三の読者は対話である。恐らく95パーセントは虚無が、4パーセントが礼儀、最後の1パーセントが対話ではないかと思っている。この時対応する実際の読者の反応がそれぞれ、否定(黙殺)、批判、批評の行動に対応する。

 

それぞれの読者は以下の内容を問う。それは無意味なのではないか? それは無礼なのでは? それは無知なのでは? と。虚無はひたすら必然を問い、礼儀は振る舞いを、対話は言葉について問う。上記の通り、虚無が最も強大で冷酷な読者である。そもそも実際の読者の反応もほとんどが黙殺である。世に問うて全く反応が得られない場合、心の虚無との格闘が足りていないかをまず考える。

 

虚無を打ち破る確実な方法を私は知らない。ロケットを飛ばすように、方向を定めて、燃料を噴射するように信念と情熱しか頼る物がない。

 

ここに一つの疑問がある。創作人が情熱を失い、心に虚無を肥大化させたまま創作から遠ざかった場合、果たして心の中の虚無は残るのだろうか? それとも消えるのだろうか? 時間とともに消えていくのなら何も心配はないが、もし残り続けるのだとしたら、人に創作を勧めるということはニヒリズムの伝道と同義であり、なんという冷酷な行為なんだろうかと思う。もし後者であるとするならば、そんな冷酷な行動を私は慎まなければならなくなる。

2020年12月31日公開

© 2020 諏訪真

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