二〇〇五年、サマーソニックの追憶

諏訪靖彦

エセー

2,381文字

昨夜、サマーソニックについて話した友人が早速エセーを発表したので私も書いてみようと思ったのだけれど、同じ年だと面白くないから二〇〇五年のサマーソニックについて書きます。なにぶん十五年も前のことなので記憶違いあるかも。

 二〇〇五年のサマーソニックはナイーブなUKロック好きにはたまらないイベントであった。
 そのころの私は夏フェスだけを楽しみに生きていた。当時私が働いていたIT系企業は毎月残業二〇〇時間なんて当たり前で、会社や客先のサーバルームに寝泊まりしながら、明日は家に帰れればいいな、などと考えながら仕事をしていた。実際、仕事先で寝泊まりするより家に帰る日の方が少なかったんじゃないだろうか。客のむちゃくちゃな要求にも笑顔で「できるかもしれませんし、できないかもしれません」なんて神を試すことなかれ的な笑みを浮かべてのらりくらりかわしながら心が殺して激務に耐えた。それでもブラック企業だという認識を持ってなかったのは残業代をきちんと貰えていたからだろう。しかし、残業代を貰えていてもストレスは溜まっていくわけで、溜りに溜まったストレスを、フジロックとサマーソニックで発散した。
 もう一度言う、二〇〇五年のサマーソニックは世界を呪って生きているようなナイーブなUKロックファンが狂乱するイベントだった。
 ヘッドライナーが「オアシス」ってだけでもヤベエのに(「ナイン・インチ・ネイルズ」もね)、「イアン・ブラウン」「ザ・ラーズ」「カサビアン」「ジ・オーディナリー・ボーイズ」「ブロック・パーティ」「インターポール(USバンドだったかしら、UKっぽいからまあいいや)」で今を生きてるUKロックファンが狂喜乱舞し、「エコー・&・ザ・バニーメン」と「デュラン・デュラン」で世界を恨んで生きて来たけど、いつのまにかこんな歳になってしまった感のある世代までを巻き込んだ大UKロックフェスだった。(デュラン・デュランファンのノリ方って面白くて横ノリを基本に両手を中途半端に上げてゆらゆら踊るんだよね。それが面白く私も見よう見まねで混ざって踊った。今じゃそんな体力も気力もないからフェスに行っても端っこの方で寝ながら観てます)
 このとりとめのないエセーで何か言いたいかと言うと、二〇〇五年にインステージで観た「ザ・ティアーズ」だ。ザ・ティアーズの前身バンド「スウェード」は私の青春の一部だった。USロックUKロック邦ロックもすべて好きだったけど、スウェードは特別だった。特にギタリストの「バーナード・バトラー」が大好きだった。私はそのころ前髪を作らない肩先まである長髪を緩くウェーブさせていて、スタジオとかで見ず知らずの人間から「お、それバーニーっぽいね」とか言われるとたまらなく嬉しかった。残念なことに私は顔のでかいので長髪が似合っていたはずがないのだが、当時はそんなことどうでもよかった。
 バーニーのギターはとにかくカッコよかった。ヴァース、ブリッジ、コーラスと全てで妖艶にネチネチと歌うブレットのヴォーカルを食うほどの印象深いメロディラインを裏で弾く。スウェードの1stアルバム「スウェード」でバーニーで触れスゲー奴が現れたと思い、2ndアルバム「ドッグ・マン・スター」が出た頃には、私のギターヒーローは「ザ・スミス」の「ジョニー・マー」からバーニーに取って代わった。しかし、しかしである。3rdアルバムレコーディング前にバーニーが脱退した。その時の私の失望はいかほどのことか。一気にスウェード熱が冷めていき、その後バーニーが別のユニットを組んで何枚かアルバムを出したがそれほど感銘を受けなかった。バーニーのギターはブレットのヴォーカルあってこそなのだと思ったりした。もうこんな世界は捨ててバックパックを背負い音楽から身を置こうと思った(この逸話はエセーに起伏を持たせるための作り話です)。皮肉なことにバーニーが脱退してから出した最初のアルバム「カミング・アップ」はスウェードのアルバムの中で一番売れた。私は意固地になってアルバムを買わなかったが、時折ソニーのウォークマンのCMでカミング・アップに収録されている「トラッシュ」が流れていたのをなんとも言えない思いで聴いていたのを憶えている。次のアルバム「ア・ニューモンニング」は文句なしの駄作だった。(追記、ああ、ニューモーニングは5枚目だった、4枚目に「ヘッドミュージック」を出してたなあ、印象が薄すぎて忘れてました)
 私がスウェードを追いかけなくなり、しばらくたったころ、ミュージックライフをペラペラと立ち読みしていたらバーニーが再びブレットとユニットを組むといった記事を目にした。スウェードを見限っていた私だったが、これは聴かなくてはならないとアルバムを買った。ザ・ティアーズのアルバムには1st2ndのバーニーの面影は見られたものの、正直な感想としてバーニーもブレットも全盛期を過ぎたのだろうな、と、やや残念な気持ちになったのだが、今年のサマーソニックで来るようだから、一応観ておくか、ぐらいの気持ちで待っていた。
 そんなスタンスで観たザ・ティアーズはとにかく最高だった。ザ・ティアーズの曲をメインにセトリを構成してはいたが、間に挟まれる1st2ndのスウェードの曲が流れると心の奥底に溜まっていた滓のようなものが剥がれ浮き上がって来る。コーラスを全力で歌い上げ、地面が揺れるほど飛び跳ねる観衆に飲まれ、私もいつの間にかその中に加わって身体を動かした。身体をくねらせながら歳を重ねたために原曲の半音落ちで歌うブレットと、チェリーレッドのES-335のネックを上下させ、まるで身体の一部であるかのように動かすバーニーに、モリッシーとジョニー・マーを見た。
 最近またスウェードが復活した。デビュー当時の妖艶な雰囲気を纏ったアルバムに仕上がってはいるが、荒々しさがなくてこざっぱく纏まっている。これじゃあ俺の心は奮い立たないんだよなな。いつまでも1st2ndにこだわり続ける私なのでした。

 そんなサマーソニック二〇〇五の思い出、オチは無いのであしからず。

2020年10月14日公開

© 2020 諏訪靖彦

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