図書館の追憶

山谷感人

エセー

1,287文字

まだ、あの図書館の親爺は、居るのだろうか?

今の時代は絶対に無理だろうが約二十五年前。台東区台東と云うトコロに住んでいた僕は、筑摩書房が在る近くの図書館に毎日、通っていた。
距離的には、御徒町が最寄り駅で、単に図書館へ行くには上野、秋葉原、浅草橋の方が早い。そうして蔵書も多い。何故、その図書館に、てくてく、歩いていたのか? と云うと僕はその頃、檀一雄に就いて研究していた。だが彼の全集は不可能で有った。金銭がない時に、少女向け童話、中華の詩の翻訳、エログロ……などを「売れそうなモノを、とにかく書く」スタイルでやっていた故、何処の雑誌に出したか(所謂、カストリ誌時代)本人も憶えてないし、作品として残るレヴェルでは、無かった。文壇の流れで直木賞を貰い、大家となっても映画になり易い娯楽、中間小説ばかりなので、当時としては流行しても、後世の身として僕が作品を直接に書店で気軽に購入し読むことは困難であった。但し、後年は勿論、折々にて素晴らしい純文学を、書いている。以前、彼の終りの住みか、能古島を訪ねて今も在住の息子の檀太郎氏に挨拶をした時……、ああ、もう止めよう。檀一雄論に就いては、いつか暇な時、纏めて書きたい。このエセーは図書館の追憶、だ。能古島の出来事は既に泥酔していた僕が「あれ? 檀ふみ、は居ないんだ?」と大変、迷惑なる失言をしたが太郎氏は微笑んで許して呉れた、のは記しておきたい。
その、筑摩書房近くの図書館では、常に四十歳くらい(往時)の受付の親爺が、何故か僕に親切にして呉れた。五回目くらいかな? 或る日、僕が「え~と、今日は閉架からコレと~」と述べていたら「入ります?」と言葉を返した。僕は「勿論!」以外、ない。
それから、その地下室・三階分の閉架スペースは、僕にとって天国であった。毎日、カビ臭い地下室で、諸々なる全集が並んでいる中を一人、好きなだけ探れるのだ。こんな幸福は、冒頭で述べた、ように、現在では、有り得ない。
その後、僕は麦酒を持ち込んで最早、自身の地下室にしてまおうか? や「え!! 初版の国木田独歩あるじゃん! パクって帰ろうかな」と考えるほど馴染んで「いつか親爺を飲みに誘おうっと」なる矢先、台東区台東の大家から内容証明で「家賃の滞納により退去すべし」なる通知が届いた。色々あったが、僕は往時、交際していた小岩の女性宅に引っ越す事にした。家賃は、仲介者に払っていたのだけれも、その第三者が懐に入れていたのだ。まあ僕は、その真相を聞いても「檀一雄ぽいな」で笑って終わらせた。
それから、筑摩書房近くの図書館には、行けていない。僕を、あの楽園への許可を呉れた親爺は、元気だろうか? あれがなかったら多分、僕は生きてこれていない。檀一雄の、お勉学は進まなかったけど、地下室で探り読んだ古典の影響、知識にて僕は現在、駄目人間だけど矜持なるモノを培い、暮らせている。そこで図書館通いをお勧めは、全く持って僕は、しない。そう云うのは自主的にやるモノだから。
昨夜、僕が住んでいるナガサキシティーは出島で、コロナサプライズで花火があがった。その時、何だか枯れた匂いがして、図書館の親爺を思い出した。
それだけのエセーだ。

2020年8月8日公開

© 2020 山谷感人

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