別れた彼にまだ未練のあるうちにシャンプーを変えるのは、なんだか寂しい。
特にこだわりもなく、なんとなく使っていたハチミツの香りのシャンプーがいつの間にかドラッグストアの店頭から消えていて、私は棚の前に立ち尽くしてしまった。店員さんに尋ねようかとも思った、でもそれで「ああ、あれ終わっちゃったんです」と返されると、まるでもう未来永劫あの人とは会えないんですよ、と宣告されるのと等しいようにも感じて、結局、私は何も買わずに店を出た。
その晩、残り少ないシャンプーで髪を洗いながら甘い香りを吸い込み、むせるような抱擁と一緒にあの人が髪に顔をうずめて、「いい匂い」とささやくように言ってくれたのを思い出したりした。そんな色香ももう尽きようとしている。そう思うとなんだか胸がしんとした。
―――もし仮に、仮にあの人がまだ私をぼんやりとでも心で追ってくれているのなら、時間と一緒に流れていく私の後ろ髪をたぐろうとしてくれているのなら、その香りを変えてしまうことで、あの人は迷子になってしまわないだろうか? ドライヤーで髪を乾かしながら思ったものの、それがとんでもない思い上がりだということも、自分でわかっていた。迷子なのは、そんな思い上がりに一瞬でも甘えてしまう自分自身だと、即座に思いなおす程度には、私も大人になったらしい。
翌日の仕事帰り、またドラッグストアに寄り、前に使っていたものよりちょっぴり高いシャンプーのお試しサイズを買ってみた。
さすがはお高めだ、ドライヤーで乾かすそばから指通りが違った。引っかかりもせず、なめらかに指の間をすり抜けていく。そっけなく、あっけなく。もう、もう二度とあの人に捕まえてもらえない。
さらにまた翌日、私はついにボトルでそのシャンプーを購入した。過去を振り返るにも、未来を夢見るにも歳を重ねすぎてしまったけれど、行き惑い、立ち止まりながらでも、かろうじてどこかへ一歩を踏み出そうとして。
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