ヴェスヴィオ火山大噴火

諏訪靖彦

エセー

1,436文字

20年ほど前のナポリでの出来事。

 

ナポリのユースホステルでボヤ騒ぎがあった。

その日、私はユースホステルで知り合った二言目にはプリンセス・マサコを褒めちぎるエジプト人青年と意気投合し、スーパーで買った安ワインをユースホステルの食堂で飲み交わしていた。皇太子妃には縁も所縁もないが、当時の私は「プリンセス・マサコは美人だ」とか「プリンセス・マサコは聡明だ」とか褒め散らかす外国人に「おべっか使いやがって」などと思うほど擦れてはいなかった。私は日本の皇室について外国人の率直な意見を聞こうと思い「お前がプリンセス・マサコを好きなのは分かった。プリンスの方はどうだ? プリンス・ナルヒトのことはどう思う?」と聞くと、「は?」と聞き返すものだから「だからナルヒトだよ」と言うと「そんな奴は知らない」と真顔で答える。そんな彼との会話が面白く、皇室についてあることないこと吹き込んでいると。非常ベルの音がけたたましく鳴り響いた。館内スピーカーからは切迫したイタリア語が吐き散らかる。イタリア語は日本語の「どうも」と同じように都合のよく使える「グラッチェ」と「チャオ」しか知らない私は、向かいに座る目の充血した浅黒いエジプト人に何と言っているのか聞いた。彼はイタリア語やドイツ語など数か国語を話せた。

「火事だ!」

「は?」

「だから、火事だよ! 二階の部屋から火が出たらしい。外に出るぞ!」

ロビーに目を向けると、一人二人と出入り口に向かってロビーを駆ける抜ける人の姿が見えた。私とそのエジプト人はビニルカップに入った飲みかけのワインをテーブルに置いて立ち上がると、食堂から庭に繋がる吐き出し窓に向かった。そして、固いクレセント錠を上げて窓を開き外に出る。庭には大勢の人々がひしめき合っていた。皆上を見上げ何やら口を動かしている。

「あの部屋から火の手が上がったらしい」

そう言って彼が指さす二階の部屋に目を向けるが、暗くてよくわからない。窓は開け放たれていたが火の手が上がっているとか、煙が出ている様子はなかった。かすかに何かが焦げた臭いがするが、それすら料理の匂いだと言われれば納得する程度だ。大したことないと思った私はエジプト人の彼が止める中、ドミトリールームのロッカーに置いたバックパックを取りに行くことにした。全財産が入っていたし、他人に見られると厄介なものもあったからだ。外に出て来る人を掻き分けながらロビーに入り、ロッカーからバックパックを取り出して外に出ようしたところで、部屋の入り口わきにあるシャワールームから水の流れる音が聞こえてきた。ナポリのユースホステルは、だだっ広い部屋の壁にシャワーヘッドが並んでいる他のユースホステルと違い、シャワーヘッド毎半個室になっており、正面は膝上から頭まで隠れる大きな曇りガラスのドアになっていた。私はシャワールームに入り、人の気配がする曇りガラスを叩いた。

「二階から火が出たみたいだ、逃げた方がいいぞ」

声を掛けるも中から反応がない。曇りガラスの向こうでは肌色の塊が動いているから、人がいるのは間違いない。私はもう一度曇りガラスを叩いた。

「おい! 聞こえているか? 火事だぞ!」

そう叫んだとき、曇りガラスがスーッとこちら側に開いた。中には衝立に両手をついて尻を突き出す男と、その男の腰に手をあてがい、下半身を激しく動かしながら此方を睨みつける男がいた。腰を振る男は「ハアハア」と二度三度息をしたあと、私向かって叫んだ。

「ほっといてくれ! こっちもヴォルケーノだ!」

 

2019年12月10日公開

© 2019 諏訪靖彦

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