魔法の更新

上限のない電波塔(第5話)

アサミ・ラムジフスキー

エセー

1,723文字

2011年1月、Nurie Orchestraの初期作品集『Slow Tomorrow』のパッケージ版のみの特典として添えた、短い散文。音楽そのものとは、たぶんあまり関係がありません。

マジシャンはかつて、文字どおり魔法使いでした。

人体を切断してみたり、物体を瞬間移動させてみたり、無から有を創生したり、人の心を読んでみたり、予言をしたり、その所行はまさしく魔法そのもの。とんがり帽子をかぶっていなくとも、箒に跨っていなくとも、紫色の不気味な液体をグラスに注いでくゆらせていなくとも、気取ったタキシードの魔法使いが僕の目にはたしかに見えていました。

ただの水をオレンジジュースに変えてしまう様や、千円札を一万円札に変えてしまう模様などには、幼心に、自分もあんな魔法が使えたらどんなにか素晴らしいだろうと夢想したものです。ああ、なけなしのお年玉をすべて一万円札に変えることができたなら! 飽きるほどうまい棒を食べてみたい! うまい棒でログハウスを建ててみたい! うまい棒の穴の中で暮らしたい!

しかし成長するにつれ、愚かなりにも小賢しくなった僕は、あれらが仕組まれた魔法であること――種も仕掛けもあることを知ってゆくのでした。サンタクロースなどはじめから信じていなかったし、ウルトラマンが実在しないことも知っていた僕にとって、大人になることとは、この魔法が解けた瞬間のことを指します。

 

指先から繰り出される摩訶不思議な現象を純粋に楽しめなくなった最大の原因は、スローモーションという技術の襲来でした。小学校低学年のころだったでしょうか、我が家にビデオデッキとともに導入されたこの野暮な技術によって、マジックはまるで安い推理小説のような謎解きクイズへと変質してしまったのです。好奇心というのは罪なもので、よせばいいのに、テレビにマジシャンが登場するたびに録画をして、それをあとからスロー再生して何度も検証するようになってしまいました。

マジシャンの掌がデックの表面を嘗めるとき。視線と指先が別の方角を向いているとき。さりげなく丸められた手がポケットに潜り込むとき。スロー再生はそのすべての行為になんらかの意味を与えようとしてしまいます。ミスリーディングのための些細な動作さえも、「これはミスリーディングなのだ」という意味を与えられてしまいます。あらゆる行為には意味がなければ耐えられないのです、悲しいことに。無意味な存在を畏れるほかないのです、清々しいことに。ああ、存在の耐えられない有意味さ!

幼い僕は、鮮やかに騙されることの快楽を、軽薄な好奇心と引き替えに失ってしまったのでした。サーストンの三原則はもはや有名無実。ビデオは何度でも同じ演技を見せてくれます。いいえ、誰が悪いのでもありません。強いていえば、アダムとイヴが知性を獲得したのがいけなかったのでしょう。しかし一度口にしてしまった智恵の果実を吐き出したところで、時計の針は戻りはしません。吐き出された果実からはまた、新たな芽が生え、また新たな知性を振りまくのでしょう。それが無駄な諍いを招くだけとも知らずに。

大人になんてならなければよかったのでしょうか。子供のままなら何もかもを楽しめたのでしょうか。

せめて、ゆっくりと時間が進めばいいなと思います。ブラックホールに吸い寄せられた不埒な宇宙船のように、かぎりなく静止に近いほどゆっくりと時間が進めばいい。そうしたら、この一瞬が永遠に続くように錯覚できるのに。

 

二十一世紀、映像でしか成立しえないマジックが誕生しました。特定のアングルから以外では仕掛けが一目瞭然なものや、スタッフのすべてが仕掛け人であるもの。そして、映像編集によって現象を引き起こすもの。

これらをマジックと呼ぶべきかどうかは、まだ見解の分かれるところです。現状では否定派のほうが遥かに多数を占めますが、しかし十年後にどう評価されているかはわかりません。ジャズにはじめてハサミを入れたマイルス・デイヴィスは、死後二十年が経とうという今なお、帝王としてジャズ史に君臨し続けています。映像によるマジックが、たとえば「カップ・アンド・ボール」や「トライアンフ」や「人体切断」や「あったまぐるぐる」のような立派な奇術と同列に並べられる日が訪れるのかどうか。

僕は、縦縞をゆっくりと横縞に変えながら、邪な気持ちで見守りたいと思います。

2016年2月29日公開

作品集『上限のない電波塔』最新話 (全5話)

© 2016 アサミ・ラムジフスキー

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