歌舞伎「新説大海今源氏和藤内艶合戦尽話文福茶釜」

合評会2021年07月応募作品

Juan.B

戯曲

4,483文字

※合評会2021年7月度応募作品。
※ジャンルは戯曲となっているが、正確には歌舞伎である。

 

~1~

 

内裏。清涼殿の殿上で、女官たちが逃げ惑い、魔子内親王がそれに枕やら何やらをぶつけ騒ぎ立てる。見かねた小田春永、武智光秀が魔子をなだめようとするが、魔子は意に介さない。魔子は、武智の頭がキンカン頭だと言う。面白がった小田は部下である武智の頭を叩く。さらに、高師直と塩谷判官がそれぞれ左右から駆けつけてくる。魔子は、互いが犬猿の仲なのを知りつつ、塩谷判官と高師直に相撲をする様に命じた。小田が喜んで行司となり、相撲が始まる。塩谷は高師直にひっくり返される。武智はただ隅で立ち尽くしていた。

 

~2~

 

塩谷判官の邸宅。塩谷判官はあまりの無体さに、妻の顔世御前に遺書を残して切腹しようとするが、寸前に妻に止められる。塩谷は涙ぐみながら、魔子は以前はああではなかったと語る。女官の顔世御前は塩谷に、魔子がなぜああなったのかを教える。
魔子内親王は、海人族の王子である小室出雲守圭介と身分を超えた秘密の恋愛関係にあった。しかしそれが判明し、もはやと二人駆け落ちしようとしたものの、芥川を渡り切った所で連れ戻されてしまったのだ。そして丁度明日、小室は詮議されるのだが恐らく極刑を免れないので、魔子は気が狂ってしまったのだ。塩谷はそれを聞き、魔子に同情するが、もはや小室はどうにもならないと嘆く。

 

~3~

 

禁中。帝は記録所を招集していた。帝と居並ぶ公家や武士を前に、様々な訴訟案件が処理されていく。大坂からの報せでは、盗賊の処刑に使っていた窯があまりの使用で溶けてしまい、罪人を助命したという知らせが入った。鎌倉からの知らせによると、日蓮と忍性が雨乞いの祈祷合戦を行い、大雨が降って多大な損害が出たという。しかし由比ヶ浜で動けずにあった源実朝御作の巨大船が大雨で浮き上がり沖に出れたため、これで遣唐使を送ろうと言う事となり、有耶無耶となる。さらに、天下人の小田春永が本能寺で部下の武智光秀に討たれ、次いで真柴久吉が武智を討ったとの報が入る。そこに当の真柴が現れ、武士たちの最上位に座った。

そして次に今日の主要な議題であった小室出雲守圭介の駆け落ち問題となる。小室が縛り付けられたまま現れる。命じられて源義経が小室の着物を剥ぐと、小室の背中には「尽忠報海」と彫られていた。藤原時平と真柴久吉が、これは海人族の叛心の現れだと解釈し、帝に死罪を勧めた。小室は、四方を海に囲まれた神国日本の、海の守りへの誓いであると抗弁するが、聞き入れられない。塩谷判官と菅原道真そして道鏡が同情して太宰府への流罪に留める様に勧め、更にそこに全国の水夫や海女達が小室助命のために争議を起こしたとの知らせも入り、真柴久吉は動揺する。だが藤原時平は「声なき民の声」に従うと言い、龍ノ口での死罪を言い渡す。一同が退散する時、高師直が塩谷判官に先日の件を謝罪し、二人は和解した。

 

~4~

 

龍ノ口刑場の門前。死罪を待つ小室。その時、南無妙法蓮華経の声が聞こえ、日蓮が現れた。日蓮は日本への侵寇が近いことを唱える。小室は、魔子姫のために戦えない事を嘆き、日蓮に引導を渡してくれと頼む。しかし日蓮は、南無妙法蓮華経の一語があればその必要はない、と断って去る。意味の分からない小室を、とうとう刑吏たちが引き立て、刀を振り上げた。小室は、どうせならばと南無妙法蓮華経を唱え始めた。まさに刀が振り下ろされようとしたその時、沖合から光物が現れ、刑吏たちは慌てふためく。死罪が中断となり、小室がホッとしてつい南無阿弥陀仏と唱えてしまうと、光物は去っていきすぐに執行が再開した。小室は慌てて再び南無妙法蓮華経を唱え続け、光物が再び飛来して刑吏たちを驚かした。

その奇妙な様子を見ていた阿倍仲麻呂が、大坂の件に倣って死罪を一時止めるように進み出た。遣唐使に小室を一水夫の身分に落として組み込めば、船団が守られると思い至ったのだ。

 

~5~

 

寧波までの沖合。遣唐使に一水夫として鎖に繋がれ乗り込まされた小室は、必ずいつか日本に戻り、魔子姫に再び会う事を誓う。同船した阿倍仲麻呂、吉備真備、小野妹子は、航海が順調であることを喜ぶ。しかし小野だけが席を外し、別室で天下人・真柴久吉による密命を取り出した。唐国侵略のために要所の地図を作り、可能ならば唐の各地を謀略により攪乱せよとの命である。さらに大成功があれば、虎三匹の合図で示せという。何も知らない阿倍仲麻呂と吉備真備は、日本と唐の友好のために互いが義兄弟となり、言わば表の命を達成せんと誓い合っていた。小野妹子は手始めに身内の棘を抜いて点数でも稼がんと、小室の殺害を企てる。小野妹子は水夫たちの部屋に向かうが、部屋の前に下半身の焼けただれた男が立ちはだかって通さない。小野妹子は小室を出せと命令するが、水夫たちには水夫の世界とやり方が有るのだ、阿部と吉備の命もあるなら退く、とその男は啖呵を切る。騒ぎを聞きつけて阿部と吉備が降りて来て、道中要らぬ騒ぎを起こすなと窘めると、小野は退散した。小室は下半身の焼けただれた男に恩義を感じてその名を問うと、石川五右衛門であった。聞けば彼は唐に所用があり、今は水夫の頭に身をやつしているのだという。小室と石川は共に感じ入る所があり、彼らも義兄弟となる。

 

~6~

 

唐の朝廷。皇帝・玄宗と楊貴妃の前に、遣唐使たちが跪く。左右を安禄山と顔真卿が固める。玄宗は久しぶりの遣唐使を祝う。阿倍仲麻呂と吉備真備が戻って来て、野馬台詩を解いたと言い、玄宗は更に喜ぶ。遣唐使の成功を誰もが確信した中で、楊貴妃は列の中ほどを見つめ、一人の日本人を指さした。それは小室であった。楊貴妃は小室の風貌を気に入り、どうせ奴隷なのだからと献上する様に言い含める。小室は、自らが日本そして魔子姫の元に帰れなくなることを察し、いきなり上半身の服を脱いで「尽忠報海」の彫り物を見せた。安禄山は何故か慄き、槍をつい落としてしまう。このような醜い刺青があるのでお役に立てないと小室は言うが、楊貴妃は意に介さない。気まずさが高まる中、小室は小声で南無妙法蓮華経を唱えるが、唐までは光物は来なかった。その時、小室の力で海を渡れたと思い至った阿倍仲麻呂は、小室の代わりに自身が唐に残るといきなり言い出した。義兄弟となった吉備真備も共に残ると言い出し、小野妹子一人が残った。しかしそれは密命がやりやすくなると言うことでもある。玄宗は楊貴妃を窘め、二人の唐滞在を認める。それをむしろ喜んで受け入れる小野妹子に小室は怪しさを感じ、石川五右衛門に小野を探る様に密かに頼む。

 

~7~

 

長安の宿舎。小野妹子が眠る部屋に石川五右衛門が忍び込む。石川は方々を探した上、寝台の下から怪しい書を探し出しそれを読む。真柴久吉からの密命書であると分かり、石川は激高した。真柴久吉は石川の父、武智光秀を打った仇であった。その場で真柴の手先である小野妹子を討とうとする石川だが、いざ寝ている小野を刺すと、それは人形であった。本当の小野妹子はどこにいるのか。石川は、自身の育ての親である武智を殺し、更に実の父親である宋蘇卿の国である唐をも脅かす、世界平和の敵である真柴への怒りを募らせる。石川が唐に来た理由は、宋蘇卿に一目でも会うためであった。いても立ってもいられない石川は、痛む足を引きずり外へ飛び出る。

 

~8~

 

長安の郊外。本物の小野妹子は、距離を一定に歩き続け、城壁の大きさを図っていた。それを見抜いた一人の老人が、小野妹子を咎める。小野妹子は怒るが、老人は小野妹子が日本人であることも見抜き、城壁を図るのではなく何故畑や水車の大きさを図って役立てないのか、それが平和の使者たる使命ではないかと叱りつける。我慢できなくなった小野妹子は、老人を刺す。そしてその場に石川五右衛門と小室出雲守圭介が駆けつけた。息も絶えそうな老人を見て、石川五右衛門がもしやと思い名前を問うと、まさに宋蘇卿であった。石川は宋蘇卿に跪き、あなたに会いに来たのにこんなことになってしまったと大泣きする。宋蘇卿は石川と小室に、『孟子』と世界革命の夢を託して死ぬ。怒った石川と小室は、小野妹子と対決するが、様々な謀略を使う小野は二人を嘲笑い続ける。石川は真柴を討つように頼んで小室を逃がし、自身は小野を巻き込んで自爆する。

 

~9~

 

朝廷。遣唐使同士の騒ぎの話が広まり、遣唐使たちが皆縛られている。理由を問いただす玄宗だが、遣唐使の誰も言い出せないでいる。しかしその場に血まみれの小室が現れ、自身を楊貴妃の前に投げ出した。小室は、自身が楊貴妃の奴隷となるので遣唐使を解放する様に頼み込む。楊貴妃はそれを受け入れ、玄宗を差し置いて遣唐使の縄を解かせた。小室は、魔子姫のいる日本の安全を考え、ただ今は楊貴妃に付け入る事でしか故地を守る他ないと思案した。楊貴妃は主従の誓いとして小室に纏足を舐めるように言い、更に宦官にしようと言い出す。小室は項垂れ、いよいよ身を任すほかないとなったその時、銅鑼が鳴り響き、謀叛を起した安禄山が乗り込んできた。唐の忠臣顔真卿が倒され、玄宗と楊貴妃は絞首刑に処された。腰を抜かしている小室にとうとう振り向いた安禄山は、小室に跪いた。安禄山によれば、小室の背にある「尽忠報海」はかつて滅ぼされた大渤海国の王族たる代々秘密の証明であると言い、かつての故地である北方一帯を取り戻すためにその者が現れるのを待ってきたのだという。小室は安禄山に肩車され、復興大渤海国の皇帝となった。

 

~10~

 

禁中。帝と公家たちの元に、続々と報せが入る。突如攻め寄せてきた、虎三匹の旗印の大渤海国を名乗る軍勢により九州は既に落ちた。相手は騎馬を操るかと思えば、同時に瀬戸内海の要所も謎の水軍により敵の手に落ちていく。更に瀬戸内海の藤原純友が敵に加担し、平将門も呼応して東国で乱を起こしているという。公家や武将たちは帝に逃げるように進言するが、帝は頑として譲らない。真柴久吉が、虎三匹の印と聞いてこれも派手な小野妹子の謀略であろうと高を括り、帝に安心する様に言い含めていたのだ。恐らく入寇を演出し、呼応した不良分子をまとめて討つのだろう、と。しかし、とうとう京に攻め寄せてきた軍勢は、旗の前に小野妹子の首を掲げていた。茫然とする真柴久吉は瞬く間に討たれ、禁中に小室と安禄山率いる大渤海国の軍勢が乗り込んだ。そして唐名に改名した太祖海帝小室圭の前に帝が屈する。だが小室は、天皇位を剥奪し漢委奴国王に下げ、記を焼き捨て、朝貢で女一人差し出せば、こんな小さな国は放って置くという。その一国に値する女は魔子姫であった。その場に現れた魔子姫は、気狂いが治り、小室圭と抱き合って久方ぶりの再会を喜んだ。道鏡の手により二人に冠が被せられる。大団円。

 

(終)

2021年7月20日公開

© 2021 Juan.B

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"歌舞伎「新説大海今源氏和藤内艶合戦尽話文福茶釜」"へのコメント 13

  • 投稿者 | 2021-07-21 01:16

    はじめまして。
    歴史考証を度外視した歌舞伎というジャンルでこそ成り立つ諷刺のように思えましたが、また同時にどことなくアレナスの『めくるめく世界』を思わせるようなところもあり、長編で読んでみたい気になりました。わたくしはこういう作品が書けるようになりたいと思っています。

  • 投稿者 | 2021-07-21 22:12

    歴史ものに見せかけた皇室ゴシップかと思いきや、話がどんどん大きくなっていって最後は貴種流離譚。ほら話として楽しめた。ただ、本作はタイトルに歌舞伎とあるだけで、中身を読んでもどのあたりが歌舞伎なのかよくわからない。もうちょっと歌舞伎っぽい見せ場(独特の台詞回しとか、あとは見得を切ったりとか?)を文章で強調してほしかった。

  • 投稿者 | 2021-07-22 05:52

    面白い、以外の言葉が見当たりません。
    当世風にいえば「上代から戦国のオールスターを集めて叙事詩をつくってみた」てな感じでしょうか。気宇壮大です。ただ歌舞伎ではなく他の戯曲の形式でも十分成り立つと思うので、どうして歌舞伎じゃなきゃいけなかったのかは読み取れませんでした。
    小室や魔子、石川から脇役に至るまで短い中でキャラが相応に立っていてエンタメとして完成していると思います。

  • 投稿者 | 2021-07-23 00:51

    新分野開拓ですね。
    歌舞伎そのものと言うより歌舞伎のあらすじみたいになっています。
    時空を無視した人物配置がいつもながら面白いです。小田春永とか真柴久吉とか武智光秀とかが歌舞伎の名前なのに、日蓮とか小野妹子が本名なのもたまりません。竜の口の法難は長安では通じないとか、日蓮聖人の雨ごいで洪水とか笑いのツボも満載です。
    個人的な希望ですが、義経を出すのであれば、「かかる所へ義経公、一間の内より立ち出で給い、さしたる用もなかりせば奥の一間へ入りたもう」としてもらいたく、またせっかく塩谷判官と高師直が登場しているのだからもう少し活躍してもらいたかったです。

    それにしても魔子内親王と小室渤海国王のハッピーエンドは胸がスカっとします。道鏡に祝福されるのも良いですね。まあ、結婚を邪魔しているのは皇室ではなく下々の覗き趣味だと思うんですけど。

  • 投稿者 | 2021-07-23 13:30

    歴史のことは難しくてよく分かりませんけど、恋愛小説的な読み方で読みました。私もそこまで好きな人と結ばれてみたいです。合評会、楽しみですね。

  • 投稿者 | 2021-07-25 12:34

    海の民は大和と良い関係を結べなかったようで内陸部に移動して諏訪族や安曇族になったそうですね。ほんとかどうかわかりませんが、私は何だか小室さんと縁を感じます笑。嘘ですけど……。渤海も出て来るのかあ、私はこの時代が好きなのでこの辺りの話を酒を飲みながら話したいものです。最後は前後を無視して道教が出てきたら面白いなと思っていたら本当に出て来てビックリ笑

  • 投稿者 | 2021-07-25 16:35

    歴史も歌舞伎も戯曲も何もわからないんですけど、こういうの書けるのっていいですよね。手段として。あと色々と人物が沢山出てきて、え?これってそうなの?え?ってなったんですけど、こちらで他の方の感想群を見たらそういうものらしくて一安心。

  • 投稿者 | 2021-07-25 18:03

    歌舞伎を一度も見たことはないのですが、他の演劇形式よりエネルギッシュで大衆を引きつけるイメージがあり、そういう意味で、これはやはり歌舞伎という様式があってるのだろうなあと私は思いました。
    最近のスーパー歌舞伎はアニメのものしかやってないイメージですが、スーパー歌舞伎として上演してもらいたいです。
    歌舞伎見たことなくて、どの口が言ってんだという感じですが…

  • 投稿者 | 2021-07-25 22:43

    基本的に脚本からト書きと粗筋のみの抜粋ですかね。(歌舞伎脚本は椿説弓張月ぐらいしか知らないので

    しかし見事に雄大で王道的なストーリーですね。
    セリフありの長編で読みたいです。

  • 投稿者 | 2021-07-26 08:57

    最後、フルネームでいっちゃってる…笑
    これは「でも幸せならばOKです」なのか…?

  • 投稿者 | 2021-07-26 14:44

    才能の無駄遣い、と思いましたが無駄でもないのかもしれません。一文でサクッと絞首になったりするのが好きです。笑って良いのか迷います。
    歌舞伎はあまり分かってないのですが、ハチャメチャなのは分かりました。
    他の方も書いておられますが、あまり舞台で歌舞伎をしている感がなかったのは気になりましたが、歌舞伎の解説?ってこういうものなのでしょうか?

  • 投稿者 | 2021-07-26 19:58

    やられました。
    常に新たな表現を模索しているのだろうと感じます。

  • 投稿者 | 2021-07-26 20:58

    得意技があるってことは強いことだ

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