騒ぎのあと

応募作品

小渕太郎

戯曲

3,766文字

久しぶりの投稿。時間なく、推敲できず、ルビ振れず。挙句、文字数オーバー、小説にあらずと規定を逸脱。評価に値しないのを恐れながら投稿させて頂きます。

登場人物

セドリック

天の使い

少年

死人

(一)

(二)

(三)

 

夕方

 

噴水広場前

 

中央に噴水池。傍らに天の使い。通知書を読み死人を検める。終った者から下手のバスに乗車する。

 

天の使い「――カミーユ・ロンドン。帰宅時、突発的爆風に喫まれ死亡。享年十八歳。前科なし。特記なし。間違いあるまいな?ご愁傷さま、バスへ。まだうら若い乙女さんで……。さあて次。――ジャン・パリス。擾乱を掻い潜らんさなか流れ弾に中り死亡。享年三十四歳。前科なし。特記なし。間違いあるまいな?ご愁傷さま、バスへ。犠牲者はこれが最後かな……。よろしい、次。――セドリック・ローマ。被害者駆け込む広場を徘徊っていたところ、誤って池に落ち込み敢え無く溺死。享年五十二歳。前科三犯、いずれも窃盗、と。ええと特記あり。なになに……三十代で仕事を馘首になったのを契機に無為徒食となるも、二年で貯蓄が底をつき家無しとなる。以後は物乞いと盗みに露命を繋ぐ無益な日々に生涯を費やす、とな。これでは普通、天国なぞ行ける筈もないのだが、ふむふむ……しかし最期の日、事件に巻き込まれ命からがら広場に辿り着いた負傷者たちを、或いは介抱し或いは今際を見届ける。之により、積年の罪過を帳消しとし、この者の天国行を許可する……か。なるほど、最期の善行によってお主の罪が贖われたというわけじゃな。儂に云わせれば償うにはちと足りない気も致すが……しかしこれも神の思し召し。土台儂に決定権はない。すべきは書類を検めるのみ。さあさバスに乗られよ、今度は足を滑らすでないぞ」

 

セドリック「どうも旦那。いやはや、生前の罪少なからざりしこの己に天国行のチケットをお恵み下さった神に感謝しますぜ。勿論、検めてくれた旦那にもな。己は碌でもない人生を過ごしてきたわけで、世の為人の為などと云うことはこれっぽっちもした覚えはございませんが、最期の最期で人助けができて本当によかったですわ。おかげで思いもよらぬ褒美を頂戴することになったんですからね。己はいまから天国という処がどんな処か愉しみで堪りませんよ。心より神に感謝感謝。もいちど祈りを。――それじゃあ旦那、このへんで」

 

セドリック、下手へ。その途中、襤褸のポケットからコインが落ち音を立てる。天の使いが気づき、拾って呼び止める。

 

天の使い「おいお主、何か落としたぞ。はて、これはコインか。これ待てお主、上へは何も持ち込んではならんぞ。(ㇳ追い付き)まだ何か入ってはおらんな(ㇳポケットを探り)――なんだ、これは札束ではないか。乞食である筈のお主がなぜこのような大金を?」

 

セドリック「そ、そいつは、今まで貯め込んでいた金さ。己の全財産だ。恵んでもらった分と、拾った分と、あとは……。そうだ、その金ぜんぶ旦那にやろう。どうせ上には持ち込めないんだろう?ちょうどいいや、へへ」

 

天の使い「お主怪しいぞ、なにか隠しておるな。お達しによると、最期の日は広場で怪我人の手当てをしていたそうだな?」

 

セドリック「あ、ああ、そうとも」

 

天の使い「――はて……む、この札束、よく見ればどれも薄っすら血が滲んでおるではないか。しかもまだ湿り気を帯びておる。時間的に云って、これはお主が手当てした怪我人の血と考えるのが妥当……」

 

セドリック「偶々手を突っ込んだ時に触れでもしたんだろうな」

 

天の使い「(ㇳ札束をパラパラと捲り)それにしては付着箇所が多すぎやせんか……」

 

セドリック「そうだ、手当てを終えた後に数えてみたんだよ。そうやってさ」

 

天の使い「血で汚れた手を拭いもせぬ前にか?」

 

セドリック「……」

 

天の使い「――正直に申すがよい、お主この札束、本当は怪我人の手当てをしながら、否、する振りをしながら掏って集めたものではあまいか?」

 

セドリック「――分かったよ、白状するよ。そうさ、己は怪我人を介抱する振りをして金を掏って回ってたんだ。あれだけの負傷者の数だ、盗みにとっちゃあ書き入れ時、それだけの束になりましたよ。己だって切羽詰まってたんだ。死人のどこに金が要る?生きてる者に使われた方が金も喜ぶってもんだ。」

 

天の使い「開き直ったか悪党め。人の弱みに付け込み掏摸を働くとは何たる所業。おまけに虚言を吐こうとは。貴様のような人でなしに天国など以ての外。その池に飛び込みよ。こんどは地獄に通じているぞよ」

 

セドリック「ふん、何を偉そうに……。旦那、自分の詞を忘れたのかい?天国行のチケットを送るのはあんたじゃない。あんたの仕事は送られたチケットを本人の前で検める、それだけだ。そうだろう?神が見誤ったかなにか知らないが、己の天国行はもう決まったことなんだ。いまさら覆るもんじゃねぇ。もういいだろう?そろそろ行かせてもらうぜ」

 

天の使い「おい待たれよ、セドリック」

 

下手へ向かうセドリックを追いかける。ㇳバスの中より少年登場。二人の目の前へ。

 

少年「やっぱり、あのときの!」

 

セドリック「あっ……」

 

天の使い「なんじゃなお主、急に飛び出してきて」

 

少年「外から声が聞こえてきたから、もしかしたらと思って。あの時はどうも有難う御座いました」

 

天の使い「これこれ、一体どう云うことじゃ」

 

少年「僕はきょう死ぬ前に、このおじさんに救われたのです」

 

天の使い「まさか……。それにお主は死んでおる」

 

少年「そうじゃなくて、もう助かる見込みのない僕の最期を看取ってくれたんです。あのとき僕は両親とも逸れてしまい一人ぼっちだった。そんな僕を傍で見守り最期の瞬間まで励ましてくれたのです。そのお礼が云いたくてつい出てきちゃって……でもまさかおじさんまでここに来てるだなんて……」

 

セドリック「己はあのあとどぢ踏んでな。池に落ち込み溺れちまった」

 

天の使い「天罰じゃな」

 

セドリック「それより旦那、この子の両親は?」

 

天の使い「同じ姓の者はまだ見えぬな。してみると生き残ったか」

 

少年「そっか、両親たちはやっぱり生きてるんだね。よかった」

 

天の使い「……」

 

セドリック「……」

 

天の使い「それはそうと少年よ、此奴はお主を救ったかもわからんが、他におった多くの負傷者たちから、手当てをする振りをしてお金を盗って回っていたのじゃ。ところがそれにも拘わらず、神がご覧になられていたかったのか、此奴には天国行の決定が下されよった。儂は之に合点がゆかぬ。今からでも遅くはない。お主も此奴に地獄へ行くように諭してはくれまいか」

 

少年「とんでもない!どうしておじさんが地獄に行かなきゃならないのさ。確かに人のお金を盗るのはよくないことだよ。けれどもおじさんだってそうしたくてしたわけじゃないと思う。生きるためには仕方なかったんだよ。おじさんが盗みをしたのが事実なら、僕を救ってくれたのもまた事実。僕はそれにとても感謝しているんだ。神様もきっと見ていた筈だよ。その上で罪を赦されたんだ。でなきゃおじさんはここにいないよ」

 

天の使い「なんと……では此奴はやはり、天国に行くべきと?」

 

少年「もちろんだよ」

 

セドリック「――否、己にあのバスに乗る資格はない。ああ、己はなんてことをしてしまったんだ。よくもあんな下劣な真似を。――思えば己の生涯はこの都と共にあった。職を追われ住処を失くしてからも、ここで掏りをし寝床を探してきたもんだ。己はこの街に生き生かされた。その報いがこれか!死肉を貪るハイエナ同然。そうだ、この街も獣だ。誘き寄せた肉を割き、生き血を啜る妖婦だ。おお、貪婪なる妖婦、あと幾杯の血の葡萄酒を飲まんと欲するか!その喉は渇きを厭うか。――罪なき命がまた失われた。己はもう血は見たくない。こんな賤業もたくさんだ。己は地獄に値する。すまねぇ旦那、迷惑かけちまった。己はもう行くよ。然るべき処に。少年よ、向こうで元気でな。お前の御蔭で目が覚めた。礼を云う。神よ、凡てのものに憐れみを」

 

少年「あっ」

 

天の使い「おい待て」

 

セドリック、池に飛び込む。――場面転換。噴水池の畔に眠るセドリック。傍らに怪我人。その呻き声に目を覚ます。

 

セドリック「うう……己は眠っていたのか」

 

ポケットの札束を取り出し、じっと眺める。怪我人に気づくと、二つに折って括った札束のゴムを解き、噴水に投げ入れる。パラパラと舞い落ちながら池へ。それから怪我人の元へ駆けつける。

 

セドリック「おい、どうした、しっかりしろ!」

 

――幕――

2017年8月17日公開

© 2017 小渕太郎

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"騒ぎのあと"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2017-08-18 09:19

    死人からお金を抜き取る行為が罪にあたるのかどうか、もう少し掘り下げてほしかった。とりあえず、セドリックには最後までぶれないでいて欲しかった。

  • 投稿者 | 2017-08-18 20:20

    小説形式でなく、戯曲形式と言ったら良いのでしょうか。
    私ももう少し掘り下げたものを読んでみたいです!

  • 投稿者 | 2017-08-18 23:19

    最後に、札を少しずつ怪我人に配って回るのかな?と思いましたが、捨ててしまい勿体なかったです。

  • 投稿者 | 2017-08-19 15:19

    天国と地獄、善と悪といった概念が類型的に提示されているのは残念だが、神は間違った判断を下しうるのかという問いをめぐる考察は興味深い。天の使いが神に対して抱く疑念を中心に全体を構成すれば面白味が増すと思う。

    クライマックスのセドリックの改心は非常に陳腐に感じた。少年のセリフを受けた直後、突然「己にあのバスに乗る資格はない」と言い出す彼の心の動きに私はまったくついて行けなかったし、何が改心のきっかけだったのかもよく分からなかった。彼のセリフそのものも、それまでのキャラクター造形を無視して突如として大仰で文芸的なスタイルになっており、わざとらしい。

  • 投稿者 | 2017-08-19 17:53

    戯曲を読むのは殆ど初めてです。楽しく読めた部分とよくわからない部分の両方がありました。良いことをすれば、してしまった悪いことの罪も帳消しとなるのか? というのは時代を問わない普遍的なテーマに感じました。

  • 投稿者 | 2017-08-22 03:36

    美談で道徳的な話だが、セドリックの改心の扱いがかなり露骨なのが気になった。神様が全てを握りしめていると言うことか。
    また、テロにはしっかり触れているが、内容的には地震などの天災でも代わりが出来てしまう様に思えたので、宗教(あの世)も絡んでいる事だし、天使との会話でもテロならではの描写ももう少しあれば良いと思えた。

  • 投稿者 | 2017-08-23 18:07

    なかなかこなれた文章で読みやすかったです。名前が微妙にひねってあるのがツボでした。
    内容的には途中まではともかく、最後のセドリックの改心が恣意的すぎるかなあという感じです。童話調なら違和感ないと思うんですが、いかんせん文体が固めなので…。いっそセドリックが改心せずに少年を池に突き落として、現世にもどった少年が無事に両親に会えるとかだと意外性があってよかったと思います

  • 編集者 | 2017-08-24 14:16

    神のくせに善悪の基準が人間臭い点は、好き嫌い分かれるだろうが個人的には好き。ステレオタイプなモチーフをあえてステレオタイプのままやりきるというのも、逆に新鮮に感じられた。

  • 編集長 | 2017-08-24 17:52

    戯曲という珍しい形式だったので、印象に残りました。バルセロナで全く同じ事件ありましたね。

    子供が死んだので泣けます。

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