2007年3月23日。東京都知事選挙の公示日。ぼくが取っている朝日新聞には選挙公報が折りこまれていた。石原慎太郎、浅野史郎、吉田万三、黒川紀章といった有名人たちの名に混じって、聞いたことのない名前がある。どうせ、いつもの泡沫候補だろう。そう思ったぼくの目をひきつけたのは、「政府転覆」の一言だった。 政府転覆 ※電話番号は一応伏せておいたが、外山氏のホームページには公表されている。 この公示を読み、衝撃を受けた方も多かったろう。なぜ携帯の番号を書いてしまうのか? ぼくはすぐさま電話をかけた。当り前の反応だろう。どんな職種につく人であれ、名刺を貰えば、それはすなわち「連絡してきていいよ」というメッセージだからだ。ぼくもまた、一般常識にならっただけの話だ。
出た。普通に出た。その強烈すぎるメッセージとは裏腹に、朴訥とした声。その日は激しい春の嵐、たぶん「作戦会議」は開かれないだろうと半ば諦めながら、尋ねてみた。
ほどなくしてやってきた原付の男。ハンドルには大きなビニール袋がぶらさがり、チラシやなんやと詰め込みまくっている。あっという間に人だかりができた。はじめは無遠慮に携帯のカメラでちろりんちろりんと撮っていた人々も、「すいません、写真いいですか?」と一緒に撮ってもらっている。考えていることはぼくと同じだろう。ブログか何かで使うつもりなのだ。
「本日お集まりいただいた方々! これからあちらの噴水に移りますので、お酒が飲みたい方は各自買っておいてください。改札の前にコンビニがあります。私が買うと公職選挙法違反になっちゃうんで」
集まった人々は外山氏の付き人が床に敷き詰めたダンボールに座り、銘々に酒を飲み始めている。外山氏の政治的演説が始まると、結婚式の二次会みたいな雰囲気で「いいぞー!」とヤジが飛び、早々に質問タイムとなった。
「そうです。先ほどお渡ししたビラをお読みいただければわかるとおり、私は熊本で私塾を開催しようと考えています。今回の立候補はそのための呼びかけです」
彼が差し出した名刺にはとある有限会社の名前が書いてあり、「代表取締役」の文字が光っていた。時刻も十時に近寄ると、就職活動中で20社連続落ちている中央大学院生が「オナニー!」と叫びだした。 さて、高円寺へ出向き、外山氏のいう「作戦会議」に参加したことは面白くもあった。オナニー坊やや革靴のチンピラ社長だけでなく、他にも個性的な面々が多くいた。俺は自民党員だといって党員証を出した小学館の社員。昔は左翼過激派だという変な爺さん。だめ連の発起人であるぺぺさん。
総じて言えるのは、なんとなく左翼がかった人たちが多かったことである。たしかに、ファシズムはその伸張期に左翼と手を取り合うものである。ナチスの正式名称は「国家社会主義ドイツ労働者党」であり、イタリアのファッショは労働組合を組織して勢力を伸ばした。手を取り合うことが行き過ぎれば、それはファシズムになる。そして、そこから全体主義へと発展して行くのは、歴史の示すところだ。 実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが。 ※Wikipediaの「ウィンストン・チャーチル」の項より引用。
まともに政治について考えようと思えば、民主主義を超えたものを模索するのは当り前だ。外山氏のいう「政府転覆」や「こんな国、滅ぼそう」というキャッチフレーズは、あくまで「祭り」を起こすためのポーズであり、それは成功している。YouTubeにアップした政見放送の動画は過去最高の閲覧数を記録し、九州を拠点にした私塾我々団は順調に活動を開始しているようだ。 例えば、あなたがこの塾で半年間の修行を積み、九州のどこかの演劇シーンに参入したとしましょう。
大きな社会運動というのは、いつも文化的ムーブメントから始まる。そのこと自体は別に馬鹿にされたものでもなんでもない。草の根活動がいつか大きな実を結ぶものだ。都知事選に出るために300万円かけたのも、全国ネットのCMを流す値段に比べたら実に庶民的である。東京の大資本からでないと何も発信できない社会というのは間違っているし、外山氏がそこに突きつけた「ノン」に同意する「少数派」がけっこういた(15,000票)というのは、行き詰った社会に差した一つの光明だと、ぼくは思う。
ただ、ハードルは少なくない。耳目を集めるために自ら「ネタ」になることを引き受けた外山氏は、徹頭徹尾「ネタ」として消費されてしまうこととなった。高円寺には幾つかの有名マスコミが取材に来ていたが、彼らは「ネタ」になりそうな発言を集めると、そそくさと去っていった。これは何も、マスコミに限った態度ではない。外山恒一が巻き起こした一連の「祭り」に参加した人たちは、「ああおもしろかった」と去っていく。ネタはネタでしかないのだ。外山氏が「ファシズム」という言葉で提示した新しい政治像が明確なものではなかったことは確かだが、一体、どれほどの人が真剣に議論をしようと思っただろう。 このように、マジメな議論に発展しにくいという他、外山氏が激しくネタ化することによって引き受けたもう一つの弊害がある。それは警察当局による介入だ。 高円寺で外山氏は公安警察に尾行された話をしてくれた。なんでも、ある日外出先から戻ったところ、アパートの大家が紙を渡してくれたという。その上には外山氏の個人情報がすべて書かれていて、公安警察の文書であることが銘打たれている。大家さんはその紙を外山氏の部屋の前で拾い、鍵つきの郵便受けに入れておいたそうだ。たぶん、公安警察が尾行リストを落としていったのだろう。 当時は冗談の一環として聞いていたこの逸話も、現在では笑えない話になっている。2007年6月12日、外山恒一氏は道交法違反で逮捕された(サイト参照)。任意同行に応じなかったのがそもそもの原因だろうが、「国家転覆」を宣言してはばからない人間は、こうして不当拘留の憂き目に遭うものである。警察の努力が実ったと安心する人もいることだろう。
なにはともあれ、外山恒一が引き起こした一連の経緯は、これまで出てきた何人もの泡沫候補(ドクター中松、又吉イエス)とは一線を画すものであると言っていいだろう。どちらかというと、田中康夫に近い。そもそも泡沫候補に票が入るのは、有力候補者にノンを突きつけるためだ。泡沫候補が現実的なら田中康夫になり、そうでなければ又吉イエスになる。今後どうなるかは、外山氏の活動次第だろう。 ところで、凄まじい資産家というわけでもない外山氏が仮にも都知事選に立候補できたのは、幾人もの支援者がいたからである。ぼくは高円寺で、外山氏の仕事を手伝っていたスーツの男に尋ねてみた。なぜ、外山氏を支援しているのか、と。すると彼はマジメな顔で答えた。
本を書き、読者を動かすのはとても難しい。外山氏はすでにそのハードルをクリアしている。そこから先、その人数を多くして世界を変えることができるかどうか、それが問題だ。今後、具体的な蜂起の方法についての研究が待たれる。 目次へ>> ご感想はお気軽に[email protected]までどうぞ。「泡沫候補」と題名に書いてください。 ©HAMETUHA 2007 All Rights Reserved. |