「高い本」というとき、あなたはどれぐらいの価格を思い浮かべるだろうか。

 ベストセラーに顔を出すような書籍の定価は、おおむね500円から2000円のあいだに収まっている。

ためしに最新の紀伊国屋の総合ランキングを眺めてみよう。ベストテンのなかで最も定価の高いものは大川隆法『不滅の法』で2100円、最も安価なものは五木寛之『下山の思想』で777円だ。10冊の平均は1146円となる。これが一般的な本の基準価格と考えられるだろうか。

 とはいえ、コミックしか読まない者からすれば1000円でも充分に「高い」の範疇に入るはずであるし、ブックオフですべての書物を調達している者からすれば、500円すら惜しいと思うかもしれない。反対に、研究者ならば分野次第で5000円でも安い部類になるだろうし、美術書や写真集などのコレクター価格となれば、もはや基準はないに等しい。

 モノの価値をきめるのは結局のところ個人の嗜好と経済力でしかない。
 そして人生における破滅とは、この価値判断の基準が世間一般から乖離することをいうのではないか、と思うのである。

 

『ORICON CHART BOOK 1968-1997〈シングル編〉』は、ボックスセット等を除けば、僕がこれまでに購入したすべての本のなかで最も高額だった本だ。

金額だけでみれば匹敵するものも何冊かあったが、経済状況からみた相対的な価値においては、圧倒的である。
 定価は6825円。現在でも購入を躊躇する額である。まして当時、僕は中学生だった。

 一目見たときから欲しかった。しかし、実際に購入に踏み切るまでは長かった。

いったい何度書店へ足を運んだろう。本当に所有するに値する本なのか、隅々までページをめくって立ち読みした。図書館で借りて済ますことだってできるのだ。手元においておくだけの必然性を探した。ついに購入を決意してからも、本のまえを何度も往復するばかりで、なかなかレジまで本を運ぶことができなかった。書店内にどれほどの時間滞在していたろうか。もしかしたら、店員には「エロ本を買いたいけど買う勇気のないかわいい中学生」だと見られていたかもしれない。
 だが、これはエロ本などよりはるかに緊張する買い物だった。

 当時、僕の小遣いは2000円だった。いわば、給料3か月分をなげうって婚約指輪を買うかのような心地だったのである。そもそも5000円以上のお金を財布に入れて外出することすらめったになかった。それなのに、そんな大金を一瞬で使い果たそうとしている。緊張するにきまっている。

本をレジに置いたとき、その真っ黒な裏表紙には、手汗がべったりとついていた。

 

この本について説明すべきことは多くない。ヒットチャートという文化を日本へ輸入したオリコンが、シングルチャート開始以来30年分のデータを一冊にまとめたというだけの本である。97年までに100位以内にチャートインしたすべてのシングルの最高順位と推定売上と作詞・作曲者、品番などが400ページにわたってひたすらに羅列されている。
 図鑑や事典のようなものだ。この種の本は、もともと最初から最後まで読み通すためには作られていない。必要なときに必要な箇所を参照するために存在するのである。こういったものは、たしかに図書館や資料室などにあれば便利だが、わざわざ買う人間はマニアぐらいのものだ。
 そう、この本を買うということは、マニアの道に足を踏み入れたということだった。
 その瞬間、モノの価値は反転した。

僕はこの本を読んだことで破滅したのではない。買った時点で、いや、買おうと決意した時点で破滅したのである。

 

 

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください。